魔女の宅急便原作者である角野栄子さんの魔法と扉に彩られたライフスタイルを描いた一冊が発売されます。
「書いている途中は一切、作品を見せません。締め切りも作らない。そうしないと、思ったことをひたすら書くということができないんです」
1989年にスタジオジブリでアニメ映画化されて大ヒットし、後に実写化、舞台化もされた「魔女の宅急便」などで知られる児童文学作家・角野栄子さん(84)の「エブリデイマジック」(平凡社、1728円)は、これまでの人生と自らのライフスタイルを語った一冊。「今も(物語を)書くのが大好き」という角野さんの生きてきた日々は、どのような「マジック」に囲まれていたのか。また、角野さん自身はそれをどう受け止めてきたのかを知れば、作品への興味や親しみが、これまで以上に深いものになるだろう。(高柳 哲人)
タイトルの「エブリデイマジック」とは、「日々の生活の中で魔法などの不思議なことが起きたり、そのような能力を持った人たちが生活している」という物語のジャンルの一つ。「魔女の宅急便」「小さなおばけ」シリーズなどで知られる角野さんは、まさに「日本のエブリデイマジックの第一人者」とも呼べるが、本書を出版するまで、その言葉を知らなかったという。
「自分の書く物語の分野を『日常にあるファンタジー』と呼んでいたんですが、今回編集担当の方からこの言葉を聞いて『ピッタリだ!』と思ったんです。もともと、日常会話などで英語を使うのがあまり好きではないのですが、『エブリデイ』も『マジック』も、もう日本語と言ってもいいくらいの単語ですから、いい言葉だなあ…と」
生活に溶け込んだマジックの書き手である角野さん自身も、子供の頃から自らの周囲にある「不思議」を感じていたという。
「振り返ってみれば普通の子供と比べると、ちょっと変わっていたかもしれません。中でも『目に見えない世界を感じる』ということが、私の中には特にあったのではないかと思います」
そのきっかけは、5歳の時の母・房子さんとの「別れ」にあった。
「人がいきなり消えてしまうということを、幼くして知ってしまった。不安もあったし、恐怖もあった。その感覚が影響しているんだと思います。心配やおびえは、想像力をかき立てる。楽しいことだけではなく、マイナスの思考も含め、日常の中に起きたさまざまな不思議なこととして書いてみたいな…と思っているのは確かです。そんな私を周りの人たちは『マジックにかかっている』と見ているのかもしれません」
角野さんの作家デビューは35歳。比較的“遅咲き”だ。しかも、処女作「ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて」は、周囲から「移民として渡ったブラジルの、少年のことを書いてみては?」と言われて筆をとったという「受け身」の形でのスタートだった。
「だから『どうしても作家になりたい』という気持ちはありませんでした。ただ、最初の本の時に何度も書き直しをしたのですが、その作業がイヤじゃなかった。書くことにも全く飽きなかった。人生で、そんな経験をしたことがなかった。それで『私は書くことが好き』と分かりました」
本書の最終章は「私は書くのが好きなんだ!」と題し、角野さんがどのように物語を生み出しているかが書かれている。中でも「『誰にも見せない』と心に決める」というのは、非常に興味深い一言だ。
「完成した後に見せることになるのですが、書いている途中は一切、作品を見せません。締め切りも作らない。そうしないと、思ったことをひたすら書くということができないんです」
「書くのが好き」ということは、すなわち「好きなことを書く」ということ。それが「見せる」ことで阻害されてしまうというのが角野さんの考え方だ。
「見た人は、大抵は褒めてくれる(笑い)。それもうさんくさいのですが、同時に感想なども必ず何か言ってくる。そして『いいんだけど、この箇所は…』と指摘してくる。そこが自分が好きで書いた箇所だったら、気持ちが揺らいでしまう。そうしたら、本当に書きたかったことが書けなくなってしまいますから」
現在もほぼ毎日、午前中から物を書いている。
「中学生になって初めて英語を習った時に、『現在進行形』という概念があるのを知って『面白いな、ステキだな』と思ったんです。私は『終わりの扉』という言葉を使うのですが、物語というのは読み終わったところに扉があって、それを開くと新しい物語が始まっていく。自分自身も、そうやって扉を開けていくような人生を送っていきたいですね」